娘が日本人であると胸を張って言えるようにするため、あたしが今まで心掛けて来たこととは何か。手前味噌になるかもしれないが、いくつか考えついたことを挙げてみたい。
まず、娘が接する日本というのは、母親であるあたしを通して見る日本がほとんどなので、親の存在がとにかく重要だ。っつうか場合によってはそれが全てかも。
第一に、米国に住むからには、母親が、恥ずかしくない程度に英語を使えるようにすること。母親が英語を話せないと、子供からバカにされることになり、尊敬されなくなり、ひいては母親のアイデンティティ、つまり日本人であることを否定されることになりかねないと思う。実はそういう例を実際に見たことがある。但し、英語というと語弊があるかな。発音なんか上手くなくてもいいから、とにかく、周りのアメリカ人と対等に堂々とコミュニケーションとれる能力が、親として必要ということだ。
第二に、見た目も大事だと思う。あたしは幸いにも体格がよく、外向的な性格なので、アジア人にしては押し出しがいい方であり、その点では恵まれていると言える。しかしこれは、自分の服装や態度でいくらでも改善が可能だと思うので、小柄でも内気でも暗くても、とにかく子供のために努力あるのみ。「XXの母親です〜」と娘の友達の前で自己紹介した時、娘が恥ずかしいと感じる見た目や態度では駄目だということだ。
第三に、日本のことを教えること。別に、歴史とか小難しいことじゃなくていいと思う。あたしは、自分が日本っていいなと感じていることを事ある毎に娘に伝えるようにしている。日本だと電車で色々な所に移動出来て便利とか、色々な事が時間通りにスムーズに動いてストレス要らずとか、物が丈夫に出来ているとか、そんな単純なことだ。日本人ならこういう場合こういう行動をとるとか、例を挙げて説明したりすることもある。さすがにそれだけではなく、京都とか鎌倉とか広島とか北海道とか、色々な所に娘を連れて行って、娘に実際の日本もきちんと見せているけれども。そもそも日本のことを知らなかったら、日本人を名乗れないからね。
余談になるが、娘を広島の記念資料館へ連れて行ったら、見ている最中に娘に「ママ、ここに連れて来てくれて有難う」とお礼を言われた。きっと何か感じることがあったのだろう。
第四に、自分が育ったように出来る限り娘を育てて来た、ということ。つまり昭和40年代後半から50年代の日本のしつけである。贅沢品を与えないようにする、礼儀や挨拶にうるさい、などなど。元気よく挨拶が出来ないと、出来るまで言い直しさせるとか。また、娘が本当に悪いことをした時は、あたしの目の前に正座させ、こんこんと説教したもんだ。っつうか、あたしがそうやって育ってきたんだけど。自分自身、よくこうやって怒られたなあ(遠い目)。この怒り方は下手な体罰よりもずっと効果がある。
第五に、日本語をある程度教えること。でもプレッシャーをかけるほど教えないこと。うちは日本語学校に通わせて下手に日本語嫌い、ひいては日本嫌いになることを恐れて、勉強としては日本語をほとんど教えなかった。しかし、娘は、日本のアニメを字幕なしでほとんど理解するほどのリスニング能力はあり、伝えたいことは片言だが話すことが出来、発音もほぼ完璧であるので、「自分は日本語が出来る」と幸せに勘違い出来るだけの日本語力は備えている。発音だけは何度も練習させたが、それ以外は特に教えるということをしなかった。最近、ひらがなやカタカナの練習を余裕があるときにマイペースでやっているが。
第六に、日本人の味覚を持った人間に育てること。日本の食べ物が好きだと、日本のことも好きになる確率がグッと上がると思う。
第七に、日本の家族が好きなこと。娘は、筋が通っていて厳しいんだけれどもどこか抜けてて面白いおばあちゃん(あたしの母)が大好き。あたしの母は孫を猫っ可愛がりしないので、娘は、おばあちゃんには小さい頃から何度も怒られているんだけれども(ひっぱたかれたこともあるし、拳骨食らったこともある)、おばあちゃんの行動を真似したりすることもある。娘は、変に外国ズレしている母親ではなく、昔ながらの日本人らしさを沢山残した祖母の影響をかなり受けていると思う。ま、あたしが母を尊敬しているので、その気持ちが娘にも伝わっているということもあるだろう。
まとまりがなくなってきたが、大きなところではこんなもんだろうか。天皇陛下とか皇族一家の話をすることもあるよん。日本の象徴だし。このエントリーのタイトルを「中道右派の日本人おばはんが、米国で子供を日本人として育てたら」に変えようかw
娘は日本人か黒人かと訊かれたら何と答えるかというエントリーを一つ前に書いたが、娘の英語での実際の返答は「Japanese all the way」であった。迷いが全くない。アメリカ人を前にしてあまりに堂々と答えるせいか、それで苛められたりしたという話を聞いたこともない。人間、堂々としていると、周りがなんとなく認めちゃうものなんだろうか。
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