桃つれづれ

ちっこい電子小物と外国語学習の好きなおばはんが、米国より書き散らすあれこれ

アジア人か黒人か

 娘がバンドの仲間かクラスメートか誰かに、自分のことを黒人と思っているのか、それともアジア人と思ってるのか訊かれたそうだ。娘は迷うことなく、「全くのアジア人だよ」と答えたらしい。

 南部からわざわざカリフォルニアへ引っ越して来たのは、娘を黒人としてでなく、アジア人(っつうか日本人)として育てたかったからで、ま、これを聞く限り、今のところ成功だな。

 もちろん娘は黒人や黒人社会や黒人文化を否定しているわけではない。しかし、普通に日本人として育ったあたしから見ると、絶対に理解出来ない、また理解したくもない習慣や考え方が一部の黒人にはあって、娘にはその辺りをきちんと判断出来る人間になってもらいたかった。

 娘のお父さんはちょっと寂しさを感じているようだが、娘が曲がって育っているわけではないので、別に文句を言われることはない。

 また、バリバリ南部の黒人から見ると、娘のしゃべり方は全くの白人に聞こえるようだ。それもまたあたしに意図通り。将来、しゃべり方で判断されることがあると思うので、その辺りで苦労させないようにするためだ。

 でも、娘が、アメリカ人と日本人と黒人のアイデンティティの狭間で悩むことが今後出て来るだろう。上手い具合に乗り越えて行ってもらいたい。

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娘の今昔物語

 新しい携帯電話(白いBlackBerry、名づけて白苺)をいじくってたら、娘に日本語で「もうiPhoneのこと愛してないの?」と訊かれてしまった。愛するって・・・(爆笑)。もちろん「まだ愛してるよ」と答えておいたけど。

 今になって娘はFaceBookで母親に監視されていることに気が付き、あたしを友達リストから外すと言い出した。そこで、「そんなことをしたらFaceBookに連絡をして、加賀美ふんの親ですが、娘のFacebook使用を親として認めることは出来ないので、娘のアカウントを閉じて下さいって連絡するよ」と言ってやった。娘はそれを聞いて「そこまでする~?!」と言って、あとは話題を変えていた。きっとこの人ならやりかねない、と思ったのだろう。現在のところ、あたしはまだ友達リストから外されていない。

 しかし、「今日は寝坊した!」とか、「宿題終わってないけどもう寝ちゃおう!」とか能天気なことを平気で書いてるので、実は本人、あたしがFacebookを見ていてもあまり気にしていないと思う。子供のFacebookに「部屋を掃除しなさい」とかコメントしてる親も中にはいるようだが、あたしは、それはしないようにしている。しかし、実は娘のコメントの隅々にまでしっかり目を通している。娘の交友関係が垣間見れて面白いのだ。

 ところで、「日本人は優しい」というステレオタイプを持っているアメリカ人はまだいるらしく、娘はそんなアメリカ人の友達から「ママが日本人だったら優しいでしょう」と言われたとか。娘は「いやいや、最高に性格の悪い親だよ」と答えたそうだ。これで日本人の評価を下げてしまったな。日本の皆様、すみませぬ。

 そうそう、別バージョンで「親が日本人だと勉強しろって厳しく言われるでしょう?」ってのもある。日本人(というか東洋人)の母親って教育ママのイメージがあるのかな。娘は「そんなことないよ~」と否定しておいたらしいけど。

 おっと、突然思い出した。

 娘は幼稚園の頃、家ではいい子なのに、学校ではやや問題児だったのである。あたしは担任に何度学校へ呼び出されたことか。何度電話がかかって来たことか。「お嬢さんのこういう態度に家ではどうやって対応されてるんですか?」と訊かれ、「いや、家ではそもそもそんな態度を取ったことがないので、分かりません」と答えて、担任を絶句させたもんね。結局、娘は放課後にカウンセリングを受けさせられていたっけ。

 で、当時、娘はその日の教室での態度がよかった日には「スマイルフェース」の書かれた紙を担任から渡され、家に持って帰るようになっていた。よくなかった日はもちろんがっかりフェースを渡される。つい先日、娘に「がっかりフェースをもらった日には、前にもらったスマイルフェースをさも今日もらったような顔をして再使用していた」という衝撃的な告白をされた。全くもう。がっかりフェースを持って帰ってもあたしは怒ったことがないけれど、とにかく娘はその紙切れが嫌だったらしい。今になって考えてみると、先生のそういうところに娘は反感を持っていたんじゃないかと思うが。

 担任には悪いが、当時、娘の態度について実は心配をしていなかった。っつうか、どういう風に態度が悪いのか、見た事がないから心配のしようがない。その後、娘が1年生と5年生の時にまた担任から教室での態度の悪さについて注意を受けた。1年生の時は途中で態度が改善されたらしいが、5年生の時には、再度カウンセラーのお世話になった(うちの学区には各学校に資格を持った子供専門のカウンセラーが常駐しているのだ)。

 偶然かもしれないが、娘の態度の悪さを指摘したのは、いずれも20代の若い女性教師だった。2年生の時に娘の担任だった大ベテラン女性教師は、娘を誉めてくれたけどね。娘もこの先生は大好きだと今でも言っているし。3・4年生の時の推定40代の女性教師とも全く問題がなかった。教師と生徒の相性って本当にあるよなあ。

 もしかして、うちの娘は反骨精神の持ち主なのか?なんてことも考えたが、いやいや、そんな上等なもんではないだろう。家であたしに押さえつけられていたので(あたしは厳しい親なもんで)、外で爆発していたんじゃないかなという気が実はしないでもない。でも、親が絶対的な存在になっているのはいいことだ。迷惑をかけた教師には申し訳なかったが。しかし、娘をしっかりと支配下に治められる教師も実際にはいたわけで、その辺りは教師しての能力の違いであろう。頑張れ、ルーキー先生!

 それはとにかく、親は絶対に子供に舐められてはいけないと思う。その代わりというと語弊があるかもしれないが、親がいれば何があっても大丈夫という安心感を子供に与えなくてはいけないと思う。

 現在のところ、娘はすごくいい子である。部屋の掃除が出来ない以外、ほぼ問題はない。思いやりがあり、体は健康で病気にならず、お金のかかる歯科矯正などの世話にもならず、無茶をして親に心配をかけることもなく、成績も中の上から上の下を維持し、本当に親にめんどうをかけない。そんな訳で昔のように学校に呼び出されることも電話がかかってくることもない(笑)。部屋が片付けられないことを口酸っぱく注意して来たが、最近は諦めたというか、他に注意すべき点がないので、これくらいは目をつぶってあげようかなと考え方を変えるようになった。

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当たり前のことをしたら(追記アリ)

 友人と娘とあたしでごはんを食べに行った。パンが最後の一個になり、娘はその一個が食べたかったので、「これ、食べていい?それとも半分こしようか?」とあたしの友人に訊いた。

 友人はもちろん快く譲ってくれた。こんな一言は当たり前の事だが、おっ、偉いなと思ったので、友人が席を外した時に「今の一言はよかったよ、今みたいなことはこれからも続けなさいね」と伝えた。

 で、その後に「こんなこと当たり前だから、もう訊きたくない?あなたが何か悪いことをした時じゃなくて、いい事をしたなとママが感じた時にも教えてほしい?」と娘に訊ねたら、これからも教えてほしいとのことだった。

 いけないことをした時に子供を叱るのは当然だし、素晴らしいことをしたら褒めるのも必要だが、当たり前の事をした時にそれは続けなさいねと単純に子供に教えるのも大事だなあと改めて感じた。子供とも言えない年齢(14歳)になっても、まだ教えてもらう必要性を感じているみたいだし。

<追記>
 何が悪い事なのか、大人に教えられないとそれが悪い事だと最初は子供も分からないように、良い事も教えてあげないと分からないんじゃないかな。ただ、そういう良い事は、常識的な当たり前のことが多いので、そういう当たり前のことをやっただけで褒めるのはやり過ぎなのでは、ということを言いたかった。

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だんなの母校の図書館にて。暇なので娘と遊んでた。

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